岐阜空襲から70年

http://www.yomiuri.co.jp/local/gifu/news/20150708-OYTNT50200.html
http://www1.ocn.ne.jp/~yosisi/newpage7.htm

1945年7月9日の岐阜空襲について知っている人は少ない.全国的に見れば,取るに足らない地方で千人弱が戦中に亡くなったという程度であるため,それは当然だと思う.しかし,太平洋戦争(というより日米戦争)を語る上では,ある意味では広島や長崎よりも考えるべき部分があり,それを多くの人に知ってもらいたいと思う.

形式的なのかもしれないが,近代戦争にはルールがある.その中には,非戦闘員や非軍事施設への攻撃の禁止がある.ここで,広島や長崎には軍事施設があるため,それを破壊するためと言われれば,威力や害毒的効果が甚大ではあるものの,全く筋が通らないということはない.

しかし,岐阜市には,戦闘員も軍事施設も無かったのである.各務原市や大垣市ならそれらがあったため,全く筋が通らないということはない.しかし,岐阜市には無かったのである.つまり,非戦闘員を殺し非軍事施設を破壊するためだけに,それを分かっていて焼夷弾を落としたのである.この一点において,広島や長崎とは比較にならないくらい規模が小さかろうと,この日本で生まれ育った人とアメリカで生まれ育った人には知っておいてほしい事柄なのである.

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